出産コストと不労所得の関係性

保育にかかるコスト

ここでは詳述するゆとりはないが、たとえばデンマークの場合、妊娠・出産にまつわる自己負担は限りなくゼロに近いわけだが、そうした金銭的支援よりも重要なのは、子育てにまつわる、さまざまな親の苦労を、国家というよりも地域社会全体で肩代わりしてやろうという体制ができデンマークでは子どもを無事出産すると、まずは育児ヘルパーとして保健婦が定期的に家庭を訪問するのは当然のこととして、生後六ヶ月を過ぎる頃から三歳までの間は、託児所や保育士によるデイケアサービスを気軽に利用できる。

 

そして、三歳を過ぎると今度は幼稚園に入って集団保育を受けることになる。

 

こうしたケアは、もちろん公的負担によって行なわれるわけだが、しかし単に国家が制度を定めるだけで、このようなきめ細やかな育児サポートができるわけではない。

 

「子どもは地域社会が育てるものである」という意識が社会全体になければ、こうしたサービスは成功するはずはないう新自由主義思想を政府が安易に採用したこともあるが、それよりも重要なのは、そもそも介護や医療は「国家」が直接監督したり、あるいは全国一律のルールで行なったりするのではなく、「地域社会」がそれを親身になって支える構造にしなくてはいけないという基不労所得マニュアルを忘れたからに他い。

 

そもそも親の側にしてみれば、ケア・サービスが単なる「お役所仕事」ではなく、愛情の籠もったものと思えなければ、安心して大事な子どもを預ける気にもならないだろう。

 

その点、デンマークなどでは「子育てや教育は家庭だけではなく、社会全体で行なうもの」というコンセンサスがあるから、このような子育て支援がうまくいくのである。

 

子育てや、あるいは病人や老人の介護を経験なさった人ならば、誰でも実感されていると思うが、こうした仕事の辛さは単に肉体的なものではなく、「自分たち以外にほかに頼れる人がいない」という孤立感、社会からのきめ細かなサポートを期待できないという絶望感のほうが実は大きい。

 

人間とは社会的動物である以上、孤独では生きていけない。