ベーシックインカムと不労所得

ベーシックインカムで進む破壊

たとえば、消費税二○パーセントになったとき、年収二○○万円の人たちの消費税負担は四○万円となるわけだが、この税率アップと同時に「全国民に均しく毎年四○万円ずつ還付する」という制度を導入するのである。

 

1私の「還付金付き消費税」構想でも、その人が働いているか、いないか、所得はいくらか、年齢は何歳か、性別はどちらか、子どもはいるかなど、そういった個々人の属性をまったく問わない。

 

ただ「国民である」という条件を満たせば、誰でも平等に政府が一定の最低限の所得を保障する。

 

このような提案を聞けば、おそらく多くの人は「そんなことは夢物語である」とお考えになるだろう。

 

また、「そのようなバラマキ福祉をすれば、自分では何の労働もしないフリー・ライダー(福祉にただ乗りする人)が現われて、モラル・ハザードが起きる」と懸念する人もあるかもしれない。

 

たしかに、そうした懸念は当然のことであるし、何の努力もせずにお金が支給されるということに心理的な抵抗があることは理解できる。

 

しかしながら、先に触れたように、デンマークでは基礎年金は税方式で、すべての居住者に対して無条件に支払われる。

 

その人がどのような仕事をし、どれだけの税金を支払ったかどうかなどの実績は一切問題にされないのである。

 

年金は退職後に平等に与えられる給付であるが、これを退職後とはいわず、「今すぐ」、すべての年代の人に拡大するのがベーシック・インカム制度だと思えばよい。

 

もちろん、この制度だけですべての社会問題がなくなるとは思わないし、このような大盤振る舞いはさまざまな副作用を生むかもしれない。

 

国が所得保障をし、年金制度を確立するだけですべての社会問題が解決できると思うほど、私は楽天的でもない。

 

しかし、私は、日不労所得マニュアルが「希望なき貧困大国」から脱することが何より優先されるべき政策課題だと考える。

 

日不労所得マニュアル社会が安定することがこの国の「底力」を発揮するための前提条件だと考えるからもちろん、所得税がこれで不必要になるということはない。

 

ある程度以上の所得を稼ぐ人からは所得税を支払ってもらわないと、国家財政は持たない。

 

少なくとも、最高税率が住民税を加えても五○パーセントにしかならないというのは、どうみても正当化できないだろう。

 

もちろん、昔のように一億円の年収で八○○○万も課税される時代に戻すわけにはいかないが、ずっと高所得の人々、たとえば一○億円以上稼ぐ人に対しては「限界税率」を高くしてもいいのでつまり、一○億円の所得まではたとえば五割の課税にするとしても、所得が二億になったら、増えた一億円のうちの七〜八割は徴収されるという方法である。

 

限界税率はインセンティブを損なうという説もあるが、二○○○万円程度の追加納税のために、一○億円稼ぐ人のやる気が損なわれるとは考えにくい。

 

また、社会全体として、たくさんの税金を納めている人に対しては尊敬の印、感謝の印として叙勲をするという形もありえるのではないだろうか。

 

さて、ここまでは日不労所得マニュアル社会に広がった格差の現状と、それをどうやって解消するかということについて語ってきたわけだが、しかしながら、所得の再配分さえ適切に行ない、社会福祉制度の財源を確保すれば、それですべての問題が解決できるというほど、ことは簡単ではない。

 

なぜならば、こうした施策を行なえば、たしかに新自由主義やグローバリゼーシヨンによって弱体化した日不労所得マニュアル政府の機能、日不労所得マニュアルという「国家」はある程度回復することはできるかもしれない。

 

しかし、これらの政策だけでは、市場経済によって分断化・アトム化し、横の連帯が失われてしまった「日不労所得マニュアル社会」が再生できるとはとうてい思えないからである。

 

中央政府による「金銭による所得再配分」で貧困層の底上げを図っても、それで日不労所得マニュアル社会が不労所得マニュアル当に再生できると考えるのは楽観的過ぎるということである。